どうも、みなさんゆうやです(^ ^)

 

前回の放送は架空の物語を旅する探検家について放送をしましたね!

 

まさかロビンソンクルーソーには、モデルがいたとは思いもよらなかったです♪

 

気になる方は、下のリンクをどうぞ!

 

6月8日に放送予定のクレイジージャーニーでは、プロサッカー選手の伊藤壇さんが出演しますね。

 

サッカーのコラムなどで、見かける方もいるかと思いますが私はよく知らなかった為、伊藤壇さんを調べたらギネス記録の保持者など、かなりのクレイジージャーニーでした!笑

 

今回は伊藤壇さんの、ギネス記録までの経緯などを紹介していきます(^ ^)

 

それでは最後までよければ見に行ってくださいね。

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クレイジージャーニー出演、サッカー選手の伊藤壇のwiki!

伊藤壇

出典:MYHIRO

 

  • 伊藤壇(いとう だん)
  • 生まれ:1975年11月3日、北海道札幌市
  • 身長:175cm
  • 体重:70kg
  • 趣味:ビリヤード

 

サッカー選手はイケメンが多いですよね(^ ^)

 

伊藤さんは、日本でのプロサッカー選手の経験を得た後に子供の頃からの夢である、海外でのプレーに移動、シンガポールをはじめアジアのサッカーチームにこだわり、移籍を続けています。

 

なんとこれまでに移籍をした国は20カ国という驚くべき数字をもっていて、最も在籍数が多いプレイヤーとしてギネス記録に認定されるほどでした。

 

これだけでもすごいのですが伊藤さんの場合は、代理人などはつけず移籍交渉もすべて1人で行うという事を聞くとさらにすごいです。

 

次に伊藤さんがギネス記録を達成するまでの経緯を軽く紹介していきます(^ ^)

 

孤独な男、伊藤壇がアジアを走り続けギネスを記録。

伊藤壇

 

伊藤さんは大学卒業後、プロサッカーチームのベガルダ仙台に入団しますが、わずか2年で戦力外通告。

 

その理由はまさかの、寝坊。

 

度重なる寝坊が原因で試合や練習を遅れ、戦力外通告を受けたのだそうです。

 

寝坊が原因で戦力外通告とは衝撃ですね。。。プロとしての自覚が足りなかっただけなのか、裏で練習をずっとしていたのか、真意は本人しか分からないです。

 

日本のサッカーから戦力外と通告された伊藤さんは、シンガポールのサッカーが貧しいという情報を聞きつけ、シンガポールに渡航するもシンガポールのチームが最下位となり、そこでも戦力外となります。

 

その後アジア諸国を転々とし、世界レベルの公式戦に出場するために選んだのが、香港です。

 

そして香港こそが今後の伊藤さんの考え方を変える、良い転機になります。

 

伊藤さんのいた年は、運が悪くW杯予選の年で地元出身の選手を強化するために外国選手の枠の幅が例年よりは狭まっている現状でした。

 

それでも試合ではハットトリックをしたり得点王争いになるなど、結果を残そうとしますが香港に来たばかりの日本人としての活躍なので、あまり評価をしてくれず。。。

 

これまでの伊藤さんは”テクニックを磨いたり、体力を作ったりサッカー選手としての努力をつづければ結果はついてくる”と思っていました。

 

ですが時間も限られていて、綺麗事も言えなくなってきている状況で、ある日本人サポーターが話しをしてくれます。

 

「試合中、選手がゴールを決めた後にユニフォームのエンブレムを握りしめるだけでもサポーターは嬉しいものなんだ。点数をとったときは選手の重要なアピールタイムなんだから、とにかくパフォーマンスをして盛り上げたほうがいい。そうやってファンの心に訴えることが、後々の評価やチームとの契約にも繋がっていくんじゃないかな」

引用:クーリエジャポン

この瞬間に、香港選抜に入る為には今の自分は、なにができるのだろか?という考え方を持つようになっていきます。

 

そして思いついたのが”我愛香港”(私は香港を愛している)と書いたTシャツをインナーに着る事、伊藤さんがシュートを決めた時のみユニフォームを脱ぎ、文字を観客席にアピールしました。

 

伊藤壇

 

我愛香港のパフォーマンスが地元新聞にも取り上げられ知名度が急上昇し、見事一年で唯一の外国選手として選抜をされました、それも背番号はエースの10番としてです。

 

この事がキッカケで、派手なスパイクを履いたり、事前にチームのチェックをして、狙い目をつけたりと自分の売り込みが積極的になります。

 

ネットがある今、フェイクブックや知人の紹介でコンタクトをとる事も多いのですが、昔は道場破り的な感じで練習にも参加していたそうです笑

 

 

 

日本人にはあまり見かけない、ガツガツとした姿勢を見せ続けた結果、ギネス記録の16カ国在籍を見事に達成しました!

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2017年限りで、サッカーは引退!?

 

アジア各国を渡り歩き、アジアの渡り鳥までと言われた、伊藤さんですが2017年に引退することを表明しています。

 

引退の大きな理由は、これまで経験にないような筋肉系の怪我が増えてきた。という事が大きな原因になっているそうです。

 

引退後は、これまで人脈や経験を生かしたビジネスの展開や、サッカー指導者としての道を模索するとの事です。

 

ギネスの記録の申請も代理人がいない為、すべて1人で行うのですが申請する為には過去に所属したチームのサインが必要になります。

 

ですが20チーム中、5チームしか送られてこないらしく、それだけでもアジアの旅がいかに大変だったか、わかりますね。。。

 

この記事をふりかえってみて!

伊藤壇

出典:Footrip

いかがでしたか?

 

常に新環境に身をおいて、結果を出し続けるのは相当な苦労と覚悟がなければできない事だと、理解できたと思います(^ ^)

 

クレイジージャーニー放送では、ギリギリな発言もしていくと、SNSで書いていたので、放送が楽しみですね♪

放送後に追記、修正もしていきます。

 

最後に伊藤壇さんは、こんなことも話していました。

「10数年前のベガルタを辞めた後、あのまま日本でプレーしていても数年でやめていたかもしれない。海外に来てみて、ご飯だったり、環境だったり、日本では普通なことでもこっちでは普通でないことがたくさんある。そういう新しい環境にトライするのが好きだし、これまでいろんな場所に住んで、たくさんの人と出会い、いろんな経験ができた。そう思うと自分の歩んできた道は間違ってなかったと思うんだよね」

引用:Footrip

毎回、クレイジージャーニー特集される人物は、人として尊敬できる箇所がありすぎて、こまっちゃいます笑

 

それではまた次回お会いしましょう!

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